アイコのまんが絵日記 

社会復帰して10年目の統合失調症患者の思い出や日々の戯言を漫画やイラストで表現するブログです。

ボーイズラブを愛しすぎて現実の男を愛せなかった頃の話

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今はヨシキさんと呼んだほうがいいのかな?なみんなのハマダさんなヨシキ(id:hamaren)さんからこんなブクマコメントを貰った。

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現在はブクマへのコメント返しはしてないんだけど、なんか応えてみたくなったので、一記事書いてしまうことにする。
 
前提として、ヲタク用語で「腐ってた」という言葉はすなわち、「腐女子だった」という意味で、うちのブログの「腐ってた」発言もすなわち、アホほどボーイズラブ(男性同性愛創作作品)が好きだったという意味である。
 
ボーイズラブ好き、略してBL好きというのは、言ってしまえば性癖である。
同好の者にしか打ち明けられない性癖というのは聖域でもある。
 
 
私が始めてBL作品に出会ったのは中学生の頃だ。そのころは「やおい」とか「june」「耽美系」と呼ばれていて、B Lという呼び名は比較的新しい呼び名であるが、「やおい」が、やまなし、おちなし、意味なし、でただヤッてるだけ、という卑屈な意味があり、「june」は先駆けの雑誌名だし、耽美に至っては、当時はたしかに陰鬱で美しい作品が多かったが、ライトな作品も主流であるので、BLと呼んでしまうことにする。
 
多感な中学生時代、BL に初めて触れた感想は「気持ち悪い」だった。しかし、気になる。気がつくと夢中になって読んでいた。当時はリアルに好きな男子もいたが、その男子相手に、私にち★こが生えていたら攻められるのにと妄想するまでに腐り果てた。
 
この時期にBL に感化されると自分を「僕」とか「俺様」だとか言いがちである。まんが絵日記にするのも恥ずかしいので、高校生時代はばっさり描かなかったが、高校生時代の私の一人称は「おいらさん」である。「僕」「俺」がは、まわりから「似合わないからやめて」と猛烈に反対されたが、「おいらさん」はなぜか許容されて一時期、普通に使っていた。
 
そして、高校生になると、バンドマンや、ノーマルな少年漫画・青年漫画のキャラをホモ化したパロディ漫画を描き始める。そして、25歳のときに創作活動では自分は成功できないと、創作活動自体をやめてしまうまで、身近な、リアルな男性に恋することはなかった。
 
BL妄想が強すぎて男女の恋に興味がもてない、これは往々にしてある現象だと思う。もちろん、うちの姉のように3児の母になってもBL大好きな人も多く存在しているし(貴腐人と呼ばれる)、同人(ホモパロディ仲間)やってた仲間にも当然結婚してる人や彼氏持ちはいた。だが、そんな彼女たちは旦那や彼氏を「相方」と呼ぶことが多い。男女の恋愛に興味がない仲間たちへの配慮だと思われる。
 
創作活動をやめて、空が落っこちてくるような衝撃とともにリアルな恋に落ちてから、私はBL妄想をしなくなった。ボカさずにいうと、BLで抜けなくなった。
 
現在の私の主なおかずは、男性向け18禁漫画だ。ティーンズラブも、BLも男が綺麗すぎる。
男性キャラは不細工すぎず、かつ、ちょっとダサいくらいが1番いい。
 
・・・そろそろ読者が全力で引いている頃かな?ははは!!
 
しかし、18禁男性向け作品は普段の妄想までも汚染するほどじゃない。ムラッときたら読み捨てるテッシュのように読んで抜いたら、忘れてしまう。BLに夢中になってたときのように、四六時中BL妄想をするような魔力はない。そう、BLにがは魔力がある。日常を汚染するほどに強烈な魔力が。
 
さて。私が同人やってたころは、ティーンズラブなんてなかった。漫画の持ち込みに行った時に「レディコミに行ったら?」と言われたけれど、当時の女レディコミはちょっと絵が下手で背徳的な漫画が多いイメージだったけど、今のレディコミはすこぶる絵が上手い人が多くて、主婦向けの穏やかな漫画が多い印象で、もう私が立ち入っていける隙はないように思う。
 
BLは真剣に語ろうと思えば一つ特化ブログが出来てしまうほどの文化圏なので、自分の体験を語るだけに留めておこうか。私も昔のように夢中になれる作品にまた巡り逢いたいとも思うんだぜ。リアルな恋にも疲れたからな。
 
というわけで、お読みいただきありがとうございました!