アイコのまんが絵日記 

社会復帰して10年目の統合失調症患者の思い出や日々の戯言を漫画やイラストで表現するブログです。

恋という名の脳内麻薬

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最近、浜田さんがプログラミングの勉強ばかりしてかまってくれなくて暇なので、
アイコのまんが絵日記の続きをまた描き始めようとプロットのようなものを書きました。
そのうち漫画にするので、ネタバレが嫌な方は読まなくていいのですが、お暇ならば読んでみてくださいませ。
漫画って描くの時間かかるので、仕上がるのはもっと先になると思うけれど、仕上がったら漫画と見比べてみても面白いかもしれません。
それではよろしくお願いします。
 

 

 
なんの根拠もないけれど、25歳で死ぬと思っていた。だから25歳まで好きなように生きたいと願った。
だから25歳を越えた時の絶望感は半端なかった。ああ、私はこれから先も生きていかなければならないのかと。
 
仕事の出来るタイプの女ではなかった。
四六時中、頭の中は物語を考えていて、仕事中に自分の空想で泣くような女だった。バイトが終われば、遅くまで漫画を描いていたから万事寝不足でよく遅刻をした。遅刻したらみんなにお菓子を奢れと先輩に言われたけれど、しれっとお菓子を買ってくることはしなかった。逆に、遅刻しなかった日にチーフがアイスを私に買ってきた。私が遅刻しないで来たことがうれしかったからと言ってニコニコしていた。
 
それを見て、東京の人が怖いなんて嘘だなあって思った。それから、私の遅刻癖がぴたりと止んだ、ということは残念ながらなかったのだが。
 
それから色々な仕事をしたけれど、特別面倒見のいい上司に巡り合えない場合には、すぐに辞めてしまった。叱られても「あ、この仕事私に合わないんだな」と思うだけで、なに悟ったような顔してんのって呆れられたりした。
 
生きるためだけの仕事なんて、そう、漫画家や小説家じゃないなら、なにか創作をする仕事でないなら未練がなかった。私は楽な仕事を求めて、職を転々とし、日雇い派遣にたどり着いていた。日雇い派遣は収入が安定せず辛かったけれど、その日限りの現場に行って誰ともつるまずに仕事をこなして帰る日々が楽だと感じていた。
 
ギリギリの生活費分を稼いでは引きこもって漫画を描いていた。そんな生活を続けていたある日、私は25歳になっていた。
この先何十年も、この生活を続けるのかと思ったら、目の前が真っ暗になった。
 
私は、描きたい漫画しか描きたくない。でも私の描きたいと思うものが売れるとは思えない。
気づいてしまって、私は泣いた。瞼が腫れ上がり、ひどい顔になった。
 
その日から、漫画を、絵を描くのをやめた。
でも、故郷である沖縄に帰るのが負けを認めるようで、帰りたくなかった。
宙ぶらりんの状態のまま、私は26歳になっていた。
 
そんなある日、登録している派遣会社から「夜勤やってみませんか?」と声がかかった。
1日1万5千円もらえるかわりに、夜勤の12時間労働。
 
単調な長時間労働で1日でやめていく人たちが続出する中、私は「一生この工場にいたい」と思うほどしっくりきたので、週5で夜勤に入るようになった。家に帰ったら寝るだけの生活だったが、漫画を描くのをやめてしまった今となっては辛くなかった。でも、私は空っぽなんだと思った。
 
同じ現場にずっと通うと仲良くなる人たちも出てきた。私の登録する派遣会社は一日単位で仕事ができたけれど、他の派遣会社の人たちは数か月単位で仕事を請け負っていたようで、毎日仕事を入れていると自然と他の派遣会社の人たちと仲良くなった。そんな中、数か月単位で毎日来てくれる派遣会社メンバーを検査に、毎日来る人が珍しい私の登録する派遣会社は初めて来た人でも出来る生産に回されることになった。
 
私は検査でも生産でもどこでも良かったが、いつのまにか仲良くなっていた工場の親会社から来ていた若い出向メンバーは私の顔を見るたびに「なんで検査にこないの~」とか言ってきたけれど、どこの現場に回されるかなんて私の意思で動かせることではなかったので、ちょっと言われるのがウザいなって思い始めた頃、出向メンバーのTさんが生産で働く私を見てまた声をかけてきた。
「なんで検査に来ないの?」
「え、だって。生産に行けって言われてるし。」
「・・・・。」
すると、Tさんは黙って、すっと工場の派遣の管理係に話に行った。
なんだあの間は・・・と思っていたら、管理係が私に検査の現場に行くように声をかけてきた。
 
言われるままに検査の現場に行くと、
検査のメンバーが拍手で私を迎えてくれた。
 
仲良くなった他の派遣会社のメンバーや、工場の契約社員達や、工場の親会社から来た若い社員達。
 
工場の管理の人が言った。
「指名しないと現場を固定できなくて、指名料も高いんだけど、新嶋さんは社員連中のお気に入りだから。」
Tさんの直談判で、私を指名することにしたのだと分かった。
 
その日の帰り道、世界がぐるぐる回っていた。
だって信じられない。生まれて初めて、私の仕事ぶりが認められたのだ。
 
ふらっと立ち寄った公園で、私はわんわん泣いていた。
目に映る世界の美しさが凄かった。
 
少し話したことがあるだけのTさん。
上京してからは、生身の人間に恋することもなく、まともな恋愛経験もない私。
Tさんの性格も、この時はよく知らなかったけれど、この感情を恋と呼ぶのだと私は思った。